魔女の宅急便

魔女の宅急便の疑問でジジが喋らなくなったのはなぜ?キキが魔法を使えない理由も考察!

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ジブリ映画『魔女の宅急便』は、不朽の名作であり今でも愛されている作品ですね。

私は小さい頃に視聴して、分からなかった部分や疑問に思った部分があったことを覚えています。

例えばジジが喋らなくなったことやキキが魔法を使えない理由など、幼心ながら「なぜなんだろう?」って思っていました。

そこで今回は、『魔女の宅急便』の疑問でジジが喋らなくなったのはなぜ?キキが魔法を使えない理由も考察していきたいと思います!

ぴよよ
ぴよよ
切なくなる場面だったな〜。でも本当に大好きな映画だよ。

それでは、早速いってみましょう〜。

>>黒猫のジジについて

 

魔女の宅急便の疑問でジジが喋らなくなったのはなぜ?

『魔女の宅急便』の主人公キキの相棒である黒猫のジジ。

このジジは、キキのよき相談相手だったり話し相手だったりと2人は親友であり相方でありといった感じなのですが、映画後半でなんとジジはキキとおしゃべりしなくなるのです。

ぴよよ
ぴよよ
何でぇぇぇ。寂しいよぉぉ〜。。

そう!私も寂しいし切ないと視聴しながら思ったのを覚えていますが、そう思った方も多いのでは?

なぜ喋らなくなったのかをここでは解明していきたいと思いますので、お楽しみにご覧ください♡

 

ジジの声はキキの心の声!

ジジが喋らなくなった理由…それは、ジジが喋っていた声というのはキキの心の声ということでした。

小さい頃って、ぬいぐるみといつも一緒でおしゃべりしたりすることってありますよね?

私も寝る時も一緒、ご飯食べる時も一緒、っていうサルのぬいぐるみがありました(笑)。

大きくなるにつれてぬいぐるみと喋らなくなりますよね…それと一緒でキキが成長したためジジの声が聞こえなくなったというような感覚でしょうか。

キキが子供から大人への階段を登っていっているような印象で…ちょっぴり切ないですが現実的な現象のような気もします。

ぴよよ
ぴよよ
ヤダ…大人になりたくない!(笑)

ジジが喋らなくなったのではなく、元々ジジは喋らない猫キキが成長したためジジの声が聞こえなくなったということでした。

 

喋らないままのラストは普通の黒猫に戻った

最後はやっぱりジジとおしゃべりしている姿が見たい!…と、私は思ったのですが、最後までジジは喋らないままでしたね。

つまり、ジジは最初からおしゃべりしない普通の黒猫だったということ…もしくはぬいぐるみだったのかも…という考察になります。

『魔女の宅急便』というタイトルから、私たち視聴者はこの映画の世界観での空を飛んだり猫とおしゃべりしたりというものは気になりません。

ですが逆にこの映画の設定上、猫と喋らなくなったことになぜか違和感を感じ考えさせられることになりますね。

それは現実、子供の世界から大人の世界での目線が変わっていき成長していることを現しているのではと感じました。

ラストジジは普通の猫として可愛い彼女猫と仲睦まじく過ごしている姿が映され、どこか切なかったシーンだったなと思い出されます。

ですが、とても考えさせられるシーンであり大人になって見てみると深い意味があるなと思いましたね。

 

魔女の宅急便キキが魔法を使えない理由も考察!

『魔女の宅急便』は、魔女の見習いキキが立派な魔女になれるよう親元から離れ修行し、さまざまな出会いや出来事から成長していく様子が描かれています。

その中で、上記でも書いた相棒の黒猫ジジと喋れなくなったりと子供から大人への階段を踏む成長段階でのキキの心情も表していますよね。

同時に、キキの魔法の力も弱まっていくということが起こりますが、これにはどういうわけが隠されているのでしょうか?

ぴよよ
ぴよよ
知れば知るほど奥深いアニメだな〜。

詳しく考察していくことにしましょう〜!

 

トンボと仲良くなったあたりにホウキで飛べなくなった

魔法の力が弱くなってきたのは、トンボと仲良くなったあたりから。

そのあたりからホウキで空が飛べなくなってきました。

大事なホウキも折れてしまい、キキはかなり落ち込んでしまいますよね。

私も見ていて「え!魔女なのに飛べなくなるなんてかわいそう!」と、子供ながらに悲しんだのを覚えています(笑)。

ぴよよ
ぴよよ
しかもジジも喋ってくれないし…キキがかわいそうだよ〜。

しかし大人になって視聴し私が感じた、魔法の力が弱まったしまった原因はこれなのではないかと思ったことがありましたのでご覧ください♪

  • トンボへ異性としての好意
  • 他の女の子たちへの初めての嫉妬心と劣等感
  • 思春期の難しい年頃

こういう生まれて初めての感情ってとても戸惑ってしまうのは、よくわかりますよね。

私も思春期ごろは難しい年頃だったなと今になっては思い出されます…。

キキもこういった感情の数々から、魔力が今までとは違ってうまく使えなくなっているのではと思いました。

この年齢の女の子ってデリケートでとってもウブで難しいんです!

今までとは違う現象が起こる(キキの場合は魔法がうまく使えない)ことで、この年頃のデリケートな感情や事象を現しているのかと考察します。

 

魔法が使えなくなったのは人としてのスランプを現している

そして考えられるのが、人は誰でもスランプ=挫折というものを味わいますね、そのことも現しているのでは?

映画の中でキキがウルスラという絵描きの少女に会いますが、その彼女との会話で「私もよく絵を描けなくなるよ」というものがあります。

これは飛べなくなることを相談するキキにかけたウルスラの言葉なのですが、ここでの会話は飛べなくなる=スランプということを言いたいのではないかと思いました。

絵が描けなくなったら(スランプを脱するためには)、ひたすら絵を描き続けるという彼女の言葉にキキは自分が今飛べなくなっているのと重ねてみています。

それでもダメなら描くのをやめる、そのうち描きたくなるのを待つともいっているんですね。

まさにキキがこの状況であり、現在成長している過程なのではないかと考察されます。

ぴよよ
ぴよよ
人は誰でも遅かれ早かれ自分自身とぶつかる時がくる。

そんな成長を経て、大人へとなっていくということもこの映画が伝えたいことの一つなのだろうと思いました。

 

まとめ

ジブリ映画『魔女の宅急便』の疑問!ジジが喋らなくなったのはなぜなのか、そしてキキが魔法を使えない理由についても考察してきました。

この疑問の解答は、この映画の意味深い部分でテーマといっても過言ではないのではないでしょうか。

ジジが喋らなくなったのも、キキが魔法を使えない理由も子供心としてはとても寂しい部分で切ないシーンでもありましたよね。

ですが、大人になって視聴するとよくわかる部分でありとても考えさせられる映画だと、私は感じました。

『魔女の宅急便』は、大人になると感じ方や捉え方が違う映画の一つでもあるので、一度見た方もぜひまた視聴してみることをおすすめします♡

最後まで見ていただきありがとうございました!